2015年10月25日日曜日

職業としての靴磨き

最近ネットで靴のお手入れについての記事をあれこれ見ていたら、とても心に残る記事があったので、今回はひとりごとを書いてしまいました。


靴のお手入れ。

多くの人にとってはどうでもいい話で、一部の靴好きにとっては尽きることのないテーマ。
いまはインターネットでたくさんの人の試行錯誤を知ることができて、僕のような素人にはありがたい一方で、ときどき正反対の意見があったりして迷うことも多い。

どんなお手入れ方法が良いのかということは、素材の違いにもよるだろうし、その履かれるシーンにもよるだろうし、どのような仕上がりを求めるかにもよるだろうし、その靴を履く目的にもよる。

それぞれの目的に合わせて科学的に検証すればケースごとの答えはあるのだろうけれど、目的の組み合わせが千差万別(保革を優先したいとか、ハイシャインの完成度にこだわりたいとか、防水・防汚が大切だとか、結婚式で履きたいとか、ビジネスシューズとしてお手入れ頻度を下げたいとか)で、目的が違うからこそ、これといったひとつの答えが無いのだろうと。


ここ十年くらいで「靴磨き」というジャンルに参入する若い人が増えてきた気がする。
これまでの靴磨きの印象とは異なる場所・スタイルでサービスを提供する形態が徐々に一般化しつつある。そういう若い人たちがインターネットを使って、その技術とか経験の一部を公開してくれることはとてもありがたいと思う。

ただ僕、そういう自称「靴磨き職人」さんに少し懐疑的な印象を持っていた。

僕のイメージする「職人」さんとは、すでに技術を確立した職人さんの下で厳しい指導を受けながらの下積みを経て、他人には為しえない高度な技術はもちろんのこと、その仕事の意味や技術の奥深さを体得している人だと考えている。門をたたく人は多いけれど、職人として一人前になるまでに脱落する人もたくさんいる。生業としてその仕事をしているひとすべてを「職人」と呼ぶには違和感がある。

すし職人は単に魚を切ってしゃりを握っているのではなく(それは単なる寿司屋の従業員である)、素材の良し悪しの判断から、それにあわせた切り方、出し方、しゃりやワサビの調節、お客様の好みや雰囲気、予算に合わせた料理の提供や場の雰囲気づくり、ネタの期限管理やら衛生管理や仕入れの管理、後進の指導など多岐にわたるはず。
(僕は素人なので判らないが、これ以外にも「職人が職人であるがための」違いが多分にあるはず)
皿洗いから始まって、でもただ皿を洗っている人はそれで終わりで、そんな皿洗いの過程でもどんなお皿が使われているのか、職人間で汚れの付き方に差があるのか、何が残されるのかなどわかることはたくさんあるし、先輩職人がどんなことをしているのか垣間見ることができる。それにそもそも衛生管理というのは食品業界ではもっとも重要で、その一端を任されているという重責をしっかりこなすことが期待されているということに気が付けるかどうかも試されている。食器が汚い高級料理店は見たことがない。

自称「靴職人」さんは靴好きが高じて靴を磨くことによる喜びをお客さんと共有したいというとても大切な志は感じるものの、「職人」と呼ぶに足りる技術と経験の裏打ちがあるのか無いのかイマイチわからなくて、僕の中でいわゆる経済学でいうところのレモンの話みたいになっていた。

そんな僕のもやもやとした思いを一発で払拭する記事をたまたま見つけてしまった。
かの有名なブリフトアッシュの長谷川さんが、同業者である靴磨き処ダンディズムの宮田さんについて書かれている次の文章の中の一節。

昨今の靴磨き屋の増えていることはとっても良い事だと思いますが、大した経験もせずにお客様の靴を磨いていることに僕はちょっとどうなのかなと思ってます。
暑い夏の路上で磨くと、ワックスがとろとろになって靴が光らない。
寒い冬の路上で磨くと、水を付けた手が冷たくてワックスが溶けなくて馴染まない。
高い靴の良い革を磨くこともあれば、合皮を磨くこともある。
多種多様な靴を、いろんな状況下で同じクオリティを出すことで、靴磨きの技術はかなり向上します。
良い靴を磨いて、光った~とか言っているうちは全然お話になりません。良い靴は革が良いので光って当たり前なんです。 - 靴磨き処ダンディズムに行ってきました。 | Brift H -

興味を持ってほかも調べてみたら対談で次のような発言もされていた。

これは靴においても言えることで、今から100年くらい前の靴は、ミシンもない時代だから手縫いで作られていますが、糸目が細かかったり、どうやって作るんだろうと思うような靴がけっこうあります。靴磨きも同じで、今のように道具がそろってなかった中で、きっとすごい技術はあったと思います。昔はそれだけしかやらないから、普通の人が追いつくことができないところに行けたのだと考えると、靴磨きに一点集中しないと、誰も及ばないレベルに到達することはできないだろうなと思います。 -  ~21世紀の世界を見据えて~"今″を変える力 -

ほんと、「職人」ってそうだと思う。

僕ら素人でもひとつの靴を2か月の間に1回は磨くとすると年間6回前後は磨いている。それが10足あれば年間で60足分、20足なら120足分くらい磨いていることになる。20年も革靴を履いていれば平気で数千回の靴磨きを経年変化も見ながら試行錯誤やっている人はたくさんいる。「数千」の数をどう経験したかによって数だけではないことも理解できるけれど、「職人」を名乗るなら最低でも数万を期待したくなる。「桁違い」ってこういうことなんではないかと。(1日10足のペースでも、たった3年で1万になる)

教科書で技を習得してそれを正確にきっちり再現しているのではなく、サービス提供側の経験に裏打ちされた判断と技術がサービスの源泉(と思える)のだから、やっぱり一定数の経験ってとても大切だと思う。

比較的少ない足数で職人になるためには、優秀な職人に指導を受けるほかない。優秀な職人が回り道した経験の一部をショートカットすることはできる。技術の進歩とは先代を能力で超えるのではなく、先代が一生かけて体得した技術を一生かけずに体得することで、残りの時間を先代が時間が無くてできなかったことに充てることができることにある。

社会的な価値を考えるなら、現代において、その存在を知らなかった人が二次方程式の解の公式を一生かけて発見することより、先人の智慧である解の公式はありがたく使わせてもらって、ほかのことを研究して新たな発見をするほうがありがたい。

僕は素人なので長谷川さんの技術が日本一なのか、それともこの道60年のベテランに負けてしまうのかはわからない。
でも、(フィルターは多分にあるだろうが)彼の発言を見る限りでは単なる営業やコネではなく、サービスにおいて日本の靴磨き職人としてトップランクの評価を受けている理由はなんとなく理解できる。

照り返しの強い都会において真夏の路上で力を込めて靴を磨くことがどれだけ息苦しいのか、乾燥した真冬の路上で素手でクリームを塗りこむことがどれだけ冷たく、痛いのか。心を籠めて仕上げても紳士的なお客様ばかりでもないだろう。自分の靴だけしかお手入れをしたことが無い僕には決してわからない。でも彼は、高い志を持ってそれを超えて、靴磨きというビジネスを再構築した。その地位とイメージ向上に果たした貢献度は計り知れない。文字通り血と汗と涙によって築いたビジネスの矜持があるからこそ、お客様は安心して大切なたいせつな靴を預けることができるのだろう。


本当の職人さんは自分の苦労話は積極的には語らない。
インターネットで多くの情報が交換されることになったおかげで、ちょっとした文章や対談の中で垣間見ることができるようになった。
最近時間が無くてずいぶん先にはなってしまうだろうけれど、ブリフトアッシュと靴磨き処ダンディズムにはぜひ行ってみたいなぁ。

2015年10月3日土曜日

REGAL W13BCF Navy Blue Suede Full Brogue

昨年から欲しいと思っていた靴。W13BCF。

ネイビースエードのフルブローグ。
W10BDJに続き、本格派(?)のカジュアルな革靴。
上品なカーフスエードにレザーソールと、まさに好みのど直球ど真ん中。
個人的にはソールは単なるレザーで十分なのだけれど、カジュアルユースを意識してなのか、つま先には大き目なゴムが最初からあてられている。
ソールコンディショナー塗ったばかりなので少しつやつやしていますが。
気楽に履く靴ということを考えると、耐久性が高いゴム張りもいいのかもしれない。

今回、久々のスエードです。

スエードは過去にブラックチャッカブーツを買ったきりで、もう10年ぶりくらいの購入。カジュアルには結構合わせやすくて便利。W13BCFはもともと秋冬モデルとして出ているけれど、ステッチと靴ひもに取り入れられた白色が明るめな印象で夏でも合うのではないかと。
スエードという素材自体は本来オールシーズンだし、素材の出自からすればきちんとお手入れすれば雨にも強いはず。
公式通販サイトによるとイギリス製スエードとのことなので、これまでのリーガルからするとおそらくはCharles F Stead & Co.のSUPER BUCKと思われる。(でもわざわざ「カーフスエード」て書いてあるからJANUS CALFかも)

このところリーガルはSciarada社のスエードを使うことが多かったけれど、違いが判らない僕でもこうしたクラッシックなモデルはなぜかイギリス製のほうがテンションが上がる。
スエードは毛並みが命なのできちんとブラッシングし続けよう。

サイズ感は01DRCDより少し緩く、同サイズだと羽根がほぼ閉じきってしまう。
二の甲から三の甲の外側があまり押さえられておらず、伝統的なリーガルのラストに近いかも。
ふだんのフィッティングに近いハーフサイズ下げることも考えたのだけれど、この靴は休日靴としてざっくりとした靴下に合わせて楽に履こうと思ったので01DRCDと同サイズを購入。今回はいつもと違い足長の長い左足にサイズを合わせてみた。
きれい目系で裾をロールアップするような履き方を意識するのであれば01DRCDよりハーフサイズダウン、W10BDJと同サイズのほうがよいかも。

まだあまり履いていないので最初の印象。
40代以降を意識していると思われる甲高ラストと土踏まずの絞り込みが弱いこともあり、長時間歩くとすこしばかり足が疲れる気がしないでもない。
ただそれは靴を脱いだ後も長時間尾を引くようなものではなく、数時間歩きまわった時に軽く土踏まずが緊張しているような印象を受ける程度。
反りがまだ追いついていないということもあるので、履き心地についてはもうしばらく様子見が必要か。

この靴を購入する人って、カジュアルにまでレザーソールを要求するタイプだからかなりニッチなゾーンを突いてきたなと。ネイビー以外は特に目立つところもない極めて正統派っぽいスエードブローグ。茶系のスエードフルブローグなんて、単なるおしゃれ靴としてより、少しくらいの汚れを気にしないで公園や丘の小道みたいな土の上を歩くのが似合う気がする。
いまはぬかるみやあぜ道にはもっと適した靴があるにしても、散策程度だったら紳士気取りで履いてみるのも悪くない。

一方でこのネイビーはタウン向け。
ジャケパンのようにきれい目に持っていくのもよし、チノパンや濃いめのジーンズに合わせてもよしのちょうどいい感じのカジュアル感がある。
色落ちがあるので、白色の紐は青に染まってしまいがち。汚れも目立つので早めの交換が良いのかな。

土踏まずに最初からパッドが入っている。

ウエストをぐっと絞り込んだ01DRCDと比較するとそれほど攻めていないソールが付いているので、内側でサポートするつくりになっている。本来であればウエストそのものを絞り込めばよいのだろうけれど、スエードということもありつり込みが難しいのかな。

僕はタイトフィット好きなので通常はきつめから入ることが多いけれど、先に書いたように今回はゆったりとした休日靴として最初からあまりきつくないサイズにしてみた。登板頻度を考えると、沈み込むまで我慢してその後快適にするほど履かない可能性があるので。かかとは少しだけ小さ目なので、きちんと紐を締めて足が前のめりしないようにすれば十分。指が自由に動かせる分、楽な履き心地。
店頭では沈み込みによるサイズ変化のアドバイスを受けたけれど、その時はレザーのインソール一枚入れてもよいのかなと。インソール嫌いな僕でも、なんとなくそれもありかなと思わせる気負わなさがこの靴にはある。

ソールはつま先ゴムのレザーソール。
レザー自体にも凹凸が刻まれている。これ滑り止め防止とかに効果があるのでしょうか?
かといえば、いちばん滑りに影響すると思われる踵は一般的な革の積み上げとなっている。新品状態の感覚ではふつうに滑るところは滑るので、あまり効果がないような気がするが僕が鈍感なだけだろうか。
購入時最初のお手入れは、軽くブラッシングしてからBoot Blackのスエードスプレー(ニュートラル)をかけ、ソールにいつものコンディショナー。ソールは新品ということもありあまり吸収しない。冒頭の写真はソールに塗ってから半日以上経ったものだが表面がつやつやしている。
スムーズレザーはやれ栄養補給がどうのといわれているけれど、スエードはあまりそういう話を聞かない。スプレーしてブラシだけみたいな。
お手入れ自体が楽しみの一つである僕にとっては少し物足りない。

ずっと手に入れたいと思いつつ、後手後手になっていたW13BCF。1年越しにやっと手に入れることができた。
レザーソールのスエードモデル、しかもカジュアル寄りというなかなか難しい立ち位置なので作り切りで廃盤ということも予想されてヒヤヒヤしていたけれど、いまのところまだ継続かな。
今回はW29BCFというこれまたドンピシャ感のあるローファーと迷ったのだけれど、初志貫徹でブローグを買った。
ここ数年、リーガルは正統派に近いモデルを毎シーズン出してくる。もうW29BCFのブラウンとダークブラウンなんてスエードローファーの鉄板でしょう。奇を衒わない正統派。
W12BCF/W13BCF/W29BCFともに、靴の価格が高騰するなか英国カーフスエードにレザーソールで4万円でおつりがくる価格設定も家計に(おこづかいに)優しい。歴史ある国産靴メーカーの面目躍如ですね。


****
余談ですが、今回かみさんと買い物をしたので女性の靴売り場にもいきました。
女性の靴売り場って男性よりもみなさん積極的に試着しているんですね。
そのせいか、すべての靴が片足だけ置いてあって(展示スペースか盗難防止?)、デザイン違い、色違いがたいてい3つくらい並んでいて、それぞれ23.0、23.5、24.0あたりでサイズをずらして置いてある。この靴いいな、と思ったらその中から自分の足に近いものを選んで試すことができる。
店員さんに「試着していいですか?」と聞いてから両足を履いて確かめる紳士靴とは全く違う世界がそこにはありました。
各自が好きなように試し履きするのだけれど靴べらも用意されていないので無理やり足入れたりしていて、かかとが潰れないか見ているこちらがハラハラしてしまう。
プライスゾーンも違うので一概に比較できないとしても、両足のサイズは違うことが当たり前で、片方だけで決められるものかなと思うし、店員さんもフィッティングしている様子は無いし、踵緩い靴を履いているひともたくさんいてこれで大丈夫なのかなと他人事ながら心配になってしまいました。


--------
スエードのスプレー。単なる防水スプレーより何か効果があるのでしょうか。色はニュートラルを購入。